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ミウラ ケイコ
(こうだ建築設計事務所)
ワタナベ ナミ
(渡辺建築設計事務所)
共に一級建築士・福祉住環境コーデイネーター二級。
埼玉で住宅をメインに居心地の良い空間造りを目指しています。

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住環境相談室 We(ウイ)
‘暮らしの環境 住まいから’をテーマに様々な方向から住まいを考えます
旧忍町信用組合店舗
行田市 旧忍町信用組合

高崎線、行田駅から市内循環バスで15分。
広々としたきれいな水城公園に着きます。
    水城公園
    水城公園

そこに最近移築された「旧忍町信用組合店舗」があります。
「忍」と書いて「おし」と読むことを、映画『のぼうの城』に出てきた忍城
から初めて知りました。
    水城公園
    外観
    ドーマー窓

この建物は行田市指定文化財で、元は市の中心部にありました。
上棟は大正11年4月。

武士の妻の内職から始まった行田の足袋は、明治に入ってミシンの普及とともに
生産量も増えていきました。
そうした産業の隆盛を物語る、歴史的価値の高い貴重な文化財です。

信用組合が閉店した後、いくつかの事務所や集会所として使われてきました。
長い年月の間に屋根が葺き替えられ、塗装も何度となく塗り替えられていたものが
学術調査研究によって創建当初の姿とその後の改修変遷が概ね明らかになりました。

そうして復元整備をし、水城公園東側園地内に移設して保存・活用することになりました。

子育て世代の事業者を募り、国の交付金を活用して
子育て世代が活躍できる場を作りながら、市民や観光客等の憩いの場所が造られます。

まだ移築されたばかりで詳しいことは決まっていませんが、
1階はカフェ、2階は子供が遊べるような空間になっていて授乳スペースもあります。
早くオープンするといいですね。

貴重な文化財も、このように活用されてこそ生きてくると思います。(kei)


川越街歩き
川越街歩き

JR川越駅 東口から20分ほど歩くと蔵造りの町並みが現れます。
今では一大観光名所になって表通りはもとより、ちょっと裏道を覗いても人が溢れています。
ここは「伝統的建造物群保存地区」となっていて、通称「伝建地区」と呼ばれています。
基本的な考え方、具体的な決まり事など、町並み保存の支援策などがあり、
伝統的な建物や町並みを一体的に保存、整備しています。

大沢家住宅大沢家
国指定重要文化財の「大沢家住宅」は、寛政4年(1792年)に建てられた呉服太物店です。
明治26年の川越大火では、街の1/3以上が消失したと言われています。
この時、時の鐘も消失しています。
この未曾有の大火災は、川越商人たちの防火対策への意識の変革をもたらしました。

表通りで唯一焼け残ったのが蔵造りの大沢家住宅です。
蔵造りは燃えないことを実感した川越商人は同じ惨事を繰り返さないよう、
建物そのものを防火建築にすることを考えました。
江戸時代以来、江戸との商いで富の蓄積があった商人たちが蔵造りの店舗(店蔵)を造り、
特徴的な町並みが出来上がりました。
       伝建通り
       街


蔵造りの町並みで有名になった川越ですが、レンガ造りや石造りの近代的な建物も造られています。
       レンガ造
       石造り


これは「埼玉りそな銀行川越市店(旧八十五銀行本店本館)」です。
大正7年に建てられた鉄骨鉄筋コンクリート3階建で、
当時流行のネオルネッサンス様式と、古典様式による意匠も取り入れたデザインです。
埼玉りそな埼玉りそな

少し裏道に入るとこんな長屋も残っています。
この近辺は花街だったところでここは女郎さんたちの住まいでした。
いまは貸家となっています。
       長屋

この長屋を、60万円と決めた予算で改装した建築設計事務所です。
声をかけると中を見せてくれます。
       長屋
       室内b

       
お隣は織物作家の工房でした。
       長屋

       

伝統的建造物群保存地区は、埼玉では本庄や深谷にもあります。
古い街並みが大好きなのですが、都市計画で広い道路が造られると、
必然的に壊されてしまいます。
そうなる前に調査して、保存していくことに関わっていきたいと思います。(kei)

散策
神宮外苑散策

連休の一日、神宮外苑にある国立競技場や絵画館周辺を歩いてきました。

7月には国立競技場が解体されると聞き、
2020年のオリンピック・パラリンピックにむけてこの辺り一帯は大きく変わるだろうと思い、
今のうちにもう一度この風景を楽しみたいと思ったからです。
  絵画館絵画館

正式名称は聖徳記念絵画館といいます。
明治天皇・昭憲皇太后の御聖徳を永く後世に伝えるために造営されました。
大正8年に着工、大正15年竣工です。
関東大震災の時には、工事を一時中断して
敷地内に建築足場でバラックを建てて被災者6,400人を収容したそうです。

 銀杏並木銀杏並木
この銀杏並木はいつ見てもすばらしいですね。
みどりの濃くなった今も、秋の黄葉も。

もしかしたらこれらの景色が一変してしまうかもしれないのです。

絵画館前庭絵画館前庭
ここに競技場のサブトラックが造られるかもしれない…


国立競技場国立競技場
        国立競技場


この競技場が建て替えられることになっているのは皆さんご存知でしょう。

        国立競技場

「SAYONARA国立競技場」という見学会が催されていました。
メインスタンドはもちろん、選手更衣室や聖火台も間近で見ることができます。
長蛇の列で、私はちょっと行く時間が遅くて残念ながら間に合いませんでした。

新しい競技場はコンペで選ばれたのですが、巨大で、高額な工事費、
周囲の環境を壊す…等様々な理由で反対運動が起きています。
しかも、絵画館の前庭にサブトラックを造るという計画もあるそうです。
オリンピック終了時に解体されるのかどうかまだ明らかにされていません。
当初、3月末にできる予定だった基本設計が、4月末になっても出来ていません。
現在の競技場を改修することで充分使えるのではないかと言う意見もあります。

それなのに7月には解体工事を始めるのだそうです。

この景色が、この環境が無くなってしまうかもしれないなんて。(kei)



建物の保存
建物の保存

2月16,17日に、関東甲信越を中心に100人ほどの参加者を迎えて
「保存問題埼玉大会」がありました。
大会の主旨は「日本文化の中のモダニズム建築をどう捉えるか」ということでした。
 
大会のシンポジウムで内田祥哉先生(東京大学名誉教授)は、
「日本における歴史的建造物の保存と活用ーその様々な形態」というテーマで、
とても分かりやすく面白い話をして下さいましたので、少しご紹介したいと思います。

日本人が建物を保存している態度には三つの違った考え方があると思っています。
その三つを代表するのは法隆寺と大坂城、そして伊勢神宮です。

 法隆寺は現物の保存。
昔あるものを昔のままに保存しているという非常に分かりやすい保存のしかたです。

 大坂城は、構造は鉄筋コンクリート造だけれど、当時の形を保存している。
そこに大坂城があった時のことが分かるように景観を保存しているといえます。

 伊勢神宮は千年の歴史がありますが20年ごとに建替えています。
これは保存とは違うと言われることもありますが、20年ごとに造ることによって
その技術を保存しています。


内田先生は、この三つの考え方をもとに、保存とは何かということが難しい問題であるという
お話をされましたが、その中で玉虫厨子のお話がとても興味深かったので、それをご紹介します。

 数年前に法隆寺の玉虫厨子がずいぶん痛んでいるので新しい玉虫厨子を
奉納しようという企画がありました。岐阜県高山の職人さんがお金を出し、
まず玉虫を集めるところからはじめ、昔のことを調べながら復元していきました。

しかし、どうもそれよりももっときれいに輝かせる玉虫の並べ方がある。
自分がやったらもっと細かく切って光るところだけを使えばもっときれいなのができるじゃないか
という話になりました。

それでとうとう職人さん達は、
じゃあ、現代の我々の技術で最高の玉虫厨子を作ったらどうなるか、是非作ってみたい、
ということになって、さらにお金を出してもう一つ作りました。
新しく作った二つの玉虫厨子は我々には区別がつきません。

しかし、職人さん達にしてみると、本物らしく作ったものはニセモノであって、
職人さん達が自分の手で作ったものこそ、平成の本物なわけです。
それが修理というものの難しさを大変見事に訴えていると思いました。

今、ニセモノの玉虫厨子は法隆寺の昔の本物と一緒にあって、
平成の本物は岐阜にありますが、北海道でサミットがあった時に展示され、
各国の首脳にお披露目したそうです。


保存と再現と復元は違います。
昔のものをそのままに復元しようとしても、材料も技術も道具も違います。
材質も作り方も道具も復元されて本物らしくなるけれど、それでもまだ本物ではありません。
結局ニセモノなんだ、というところが復元する時の一番悔しいところです、
というのが内田先生の結論でした。

*青字部分は内田先生のお話を抜粋し、編集したものです。(kei)


見学会
建物の保存

大宮から高崎線で約一時間。本庄は中山道の中で最大の宿場町と言われていました。
その本庄で‘清酒力士’を販売して99年。「小森商店」さんが5月いっぱいで閉店することになり、昔のままの姿で使われ、残っている煉瓦蔵や土蔵などの見学会が開かれました。

   煉瓦蔵 RIMG0001_20090813013800.jpg
 イギリス積 RIMG0037イギリス積
煉瓦の積み方にはフランス積み、イギリス積み、アメリカ積み、オランダ積みなどいろいろありますが、煉瓦の側面と小口との組み合わせ方で名前が違います。この蔵はイギリス積で、壁厚は約30センチあります。

   小屋組 RIMG0008小屋
蔵は2階建てで、木造の小屋に瓦屋根が乗っています。
蒸し暑い日でしたが、中に入ると少しだけひんやりしました。

春に行った佐原も江戸とは利根川で結ばれていることで繁盛した街ですが、ここ本庄も利根川を使って江戸までの物資の流通が盛んに行われていました。荒川と利根川の豊富な水から生まれる伏流水を使って作られた上質なお酒は、一大消費地江戸に運ばれていたのです。本庄に限らず、埼玉は水がよいので酒造りは盛んだったそうです。それがビールやワインに押され、焼酎やウィスキーなど嗜好は拡大して日本酒の需要は極端に低くなってしまったようです。そのため、残念ながら小森商店さんは閉店することになってしまいました。

その跡地利用も課題の一つです。
本庄の商店は、中山道に面して間口が狭く奥行きが非常に長いのが特徴です。その特徴が今でも数多く残っています。「小森商店」もそういう敷地です。土蔵や煉瓦蔵を残してこの敷地をどう使うか、本庄の街をどう魅力的にしていくか、これから皆で考えていきます。

    グラスRIMG0045グラス

帰りがけにこんなかわいいグラスを頂きました。グラスには相撲の手が2種類ずつ描かれています。一箱24個を全部そろえると48手が揃うことになります。

この地が昔のにぎわいに少しでも近づけるような利用方法が考えられることを願っています。(kei)