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ミウラ ケイコ
(こうだ建築設計事務所)
ワタナベ ナミ
(渡辺建築設計事務所)
共に一級建築士・福祉住環境コーデイネーター二級。
埼玉で住宅をメインに居心地の良い空間造りを目指しています。

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住環境相談室 We(ウイ)
‘暮らしの環境 住まいから’をテーマに様々な方向から住まいを考えます
直島・豊島 
直島・豊島パートⅡ

初日の出ではありませんが直島の日の出です。
こんなテントのホテルに泊まりました。
  日の出P1040921日の出1a
  ホテルP1040922日の出2a
いつもは普通のホテルに泊まるのですが、ちょっと面白そうだったので泊まってみました。
膜の部分は5センチ厚の断熱材が入っていましたが、透明の窓部分はカーテンだけです。
冬はちょっと寒いですね。

街中を歩いていると、こんな可愛い作品が愛嬌を振りまいています。
  かえるかえる1 
      かえる4
  
   
      かえる2 
      かえる3

漁の時に使う浮玉を加工したものです。
漁に出た人が無事に帰ってきますようにと作られ、
「うきたまかえる」と呼ばれ、それが店先も飾るようになりました。

スラグブッダスラグブッダ

直島の歴史に残る88体の仏像をモチーフに、
豊島に不法投棄された産業廃棄物を焼却処理した後に生じる
スラグを素材として制作された作品です。
前回もちょっとお話ししましたが、
かつては産業廃棄物の不法投棄はかなり深刻な状況でした。

豊島は直島の東、小豆島の手前に浮かぶ島です。
石材業が盛んだった土地で、豊島石と呼ばれる石は柔らかくて加工がしやすく、
火にも強いことから灯籠の材料になりました。
60年代頃からの高齢化と人口減少で稲作が衰退し、
美しい棚田も耕す人が減って荒れていきました。
そして70年代の民間業者による産業廃棄物の不法投棄。
それは全国に知られる社会問題になり、
島民による大規模な反対運動が巻き起こりました。
この運動が、後の「エコアイランドなおしまプラン」の始まりです。
   棚田棚田2   
      棚田

美しい豊島の姿を維持することに尽力した島の人たちの大変な労力のおかげで
棚田は徐々に復活し、豊島美術館の建設によって
今は本当に美しい景色が広がっています。

  美術館豊島美術館2
  美術館美術館3

棚田の一角に作られた美術館は水滴のような形をしたコンクリート製のシェル構造で、天井に設けられた開口部はあえてガラスなどでふさがず、周囲の自然環境を直接取り込むよう図られている(北川フラム著「直島の呼吸」から)
その内部はアーティスト内藤礼の作品「母型」。内部全てが作品です。2,3ミリの小さな穴からじんわりと水が湧き出し、1日を通して「泉」が誕生します。
とても表現できません。こんな美術館は初めてです。
      立地1

名残惜しい豊島でした。(kei)

直島・豊島
直島・豊島

瀬戸内海に浮かぶ数多くの島の中の、直島と豊島(てしま)に行ってきました。
高松港からフェリーに乗って約1時間です。
今年の春と秋に「瀬戸内国際芸術祭」があり、
その時の作品をまだあちこちで見ることができました。
フェリーは水玉模様、直島に近づくとカボチャ!そして島内を走るバスも水玉模様でした。
草間彌生さんの作品ですね。
  フェリーフェリー
       P1040882かぼちゃb
    バスバス

芸術祭の時に「直島のれんプロジェクト」がありました。
焼杉板の家並みに色とりどりののれんがよく映え、家門を飾っています。
  のれんのれん
      のれん
      のれん

2004年、クロード・モネら3人のアーティストの作品を恒久展示するために造られた
地中美術館は、「自然と人間を考える場所」というテーマでアーティストとの対話を重ねながら
建築家・安藤忠雄によって設計されたものです。

直島の美しい景観を損ねないよう、建物の大部分を地中に埋設しました。
 美術館受付地中美術館
   モネの池池
 
受付の建物から美術館まで歩いて5分ほどですが、
そのアプローチにクロード・モネが描こうとしている自然がそのままそこにあるのです。
まるでモネの世界に入ったようでした。

内部は撮影禁止なので残念ですが、厚いコンクリートの回廊が続き、
その先に大きな空間が現れます。
この空間は是非、実際に行って体感してください。

直島は今は産業と芸術と観光が見事に一体となって人気の島ですが、
かつては渇水と、産業廃棄物の不法投棄に苦しんだ時期がありました。

1960年代、時の町長の先を見据えた素晴らしい構想で、
慢性的な水不足の解消で産業を支え、
幼保一元化に取り組み、1970年代から建築による改革が始まりました。
とても公共施設とは思えない斬新的なデザインの直島町役場、
カラフルな内装と広い中庭を持つ町立直島幼児学園、
英語表記の案内板やアート作品が並ぶ小学校。などなど・・・

   町役場町役場


行政と地元住民、そして地場産業が一体となってエコアイランド化を推進してきた直島は、
今まさに人気上昇中です。
まだまだ書き足りませんが、また次回ということにします。

みなさま、どうぞ良いお年をお迎えください。(kei)

瑠璃光寺の五重塔
瑠璃光寺 五重塔

山口県山口市に国宝の「瑠璃光寺 五重塔」があります。
創建は 1442年(嘉吉2年)です。

この五重塔については、久木綾子著『見残しの塔―周防国五重塔縁起』
というすごい小説があるのでご存じの方も多いと思います。

この本を数年前に読んでから、ずっと見に行きたいと思っていたのですが、
やっと行くことができました。
      P1040658瑠璃光寺五重塔a
      P1040661五重塔b

緑の向こうに相輪が見えてきたときには感激でした。
とっても美しい塔でした。

作者の久木綾子氏はこの塔を初めて見たとき、「あの世が透けて見える」と思われたそうです。
そして、塔を仰ぎ見た瞬間、「塔を作った人たちの物語を書こう」と思ったということです。
それから取材に14年、執筆におよそ4年、さらに推敲に1年を費やし、
89歳のときに作家デビュー、という驚くべき人です。
      P1040665五重塔c
      
屋根を見上げたところです。
      P1040668五重塔e

      P1040669五重塔f

本の中には、塔の建立に関わった宮大工の花押が押されていた、と書かれています。
これだけたくさんの組物のどこかに、壊さなければ見つからないような所に、
それはあったんだろうな、と想像が膨らみます。
      P1040671五重塔g

奈良や京都の神社仏閣を見慣れているせいか、人がとっても少なくてびっくりしました。
おかげでゆっくり、じっくり堪能しました。
570年以上の長い年月、この地にすっくと建って世の中の変化を見続けていたんですね。
久木氏のように、あの世が透けて見える・・・というような心持ちにはなれませんでしたが、
見学者が少ないこともあり、
本の中のいろんな場面を思い出しながらいつまでも眺めていたい美しい塔でした。


五重塔は瑠璃光寺のなかにあります。
私自身は五重塔に夢中になって瑠璃光寺をあまり見ませんでしたが、
重要文化財の山門を始め、いくつも見所があります。
そちらも是非ご覧になって下さい。(kei)
      P1040674瑠璃光寺


ル・コルビジュエの「休暇小屋」
ル・コルビジュエの「休暇小屋」

フランス人の建築家、ル・コルビュジエ(日本では上野の国立西洋美術館の設計
で知られています)は南フランスのイタリア国境近く、地中海を眼下に望む急峻な
崖地沿いの保養地、リヴィエラに5坪ほどの小さな別荘を建てました。

「カップ・マルタン(カップ岬)の休暇小屋」として有名です。
       P1040365全景aa
       P1040358小屋正面a
       P1040348側面外観a
この写真はその小屋の原寸レプリカで、埼玉県行田市の「ものつくり大学」の広い構内の
一角に建てられたものです。
学生たちは事前に制作許可を得て渡仏。卒業制作として実測調査をしました。
建物全体はもちろん、壁材の割り付け、建具、建具金物、照明器具、
家具、ネジ一個に至るまで、丸ごと実測して帰り、この場所に再現しました。

    玄関 P1040361玄関a

玄関は幅70cmほどで、正面の壁に見える丸いものはコート掛けです。
正面や側面の絵はコルビジュエが描いたものの再現です。
コルビジュエは建築家以前に画家なのです。
この向こう側にトイレがあります。玄関とトイレを除くと8畳ほどの広さです。


     内部P1040337内部1a

     内部P1040347内部2
      
     天井P1040338天井1

     天井P1040340天井2

     家具P1040346家具a

ベッドと机、収納家具などで結構いっぱいです。
3方に窓がありますが、形も大きさも様々です。
カラフルに塗装してあるように見えますが、赤と緑、青と黄色、のような補色と黒のみです。
食事やシャワーは隣家のレストランを利用していたそうです。

       P1040342窓1
       P1040341窓扉つまみ2

    窓金物P1040357窓金具b
この窓の蝶番つまみ、ネジも学生の制作です。

ル・コルビジュエは打放しコンクリートの作品が多く、この小屋のような木造建築は稀です。
1951年暮れ、コルビジュエが64歳の時に妻の誕生祝いとして設計し、1952年に完成したと言われています。
眼下に望む地中海が大好きで、晩年はここで過ごすことも多かったようです。


見学終了後、大学構内を少し案内していただきました。

ものつくり大学は2001年に開校しました。
      P1040366構内1a
その時はこの辺りは何もなかったそうです。
      P1040368パーゴラa
この造園も、ベンチも、石積みの柱やパーゴラも、すべて学生の作品で、
毎年増えていくのだそうです。
      P1040373作品群2a

      P1040376作品群1a
この2階建ての家も卒業制作です。時代劇のセットのようですね。
住むこともできるそうですが、確認申請を取っていない仮設建物なので、
住んではいけないということでした。

      P1040378作品3a
      P1040379作品4a

毎年のように技能五輪で優勝する学生を輩出しています。
これからどれだけ作品が増えていくのでしょう (kei)




装飾
装飾

東京都港区に「チューダー様式」といわれる縦を強調したデザインの木造洋館があります。
  外観 A P1030973外観a
      B P1030967外観a

「チューダー様式」とは、イギリスの中世に生まれた建物や装飾の様式名で、
ゴシック様式を簡略化したものです。

岐阜の実業家渡辺甚吉氏は大学卒業後、友人の建築家、遠藤健三氏と共に
1年間欧州を遊学し,イギリス縦断をしたときに触れたチューダー様式の建築に魅せられました。
帰国後すぐに結婚する予定だった甚吉氏は、
新婚生活と当時学生だった3人の兄弟が住むための住居の設計を始めました。

昭和9年に建てられ、戦争が激しくなるまでの10年程しか住んでいません。
敗戦後は米軍に接収、その後大使館などに使われ、
結婚式場になったりドラマの撮影にも使われたのですが、
いよいよ解体されることになりました。

   玄関 C P1030983玄関a

玄関はこじんまりとしています。
中に入ると天井や壁、梁などの装飾に驚かされます。
玄関吹き抜けD P1030906玄関吹き抜けa
         E P1030892玄関吹き抜けa

応接室の暖炉です。結婚式場になっていた時はチャペルとして使われていたそうです。
天井や梁の装飾は見事なものです。
   応接室 F P1030894応接室a
        G P1030901応接天井a

食堂の天井には圧倒されます。しっくいで造られています。
       H P1030909食堂天井a
       H”P1030956食堂a

館内はセントラルヒーティングで、吹き出し口は手の込んだグリルが設けられています。
   グリルM P1030960ラジエーターグリルa

浴室はタイル張りで、ここにも吹き出し口があり立派なグリルがはめ込まれていました。
       K P1030947浴室a
       L P1030948浴室ラジエーターa

これらのラジエーターグリルをはじめ、ドアノブ、コンセントプレート、照明器具など
すべてチューダーでデザインしてあります。

階段手すりの彫刻
       O P1030941階段手すりa
       P P1030944階段手すりa
       N P1030920階段手すりa

ステンドグラス
       R P1030917廊下ステンドグラスa
       Q P1030913食堂窓a
       S P1030924吹き抜けステンドグラスa

チューダー様式は昭和の初期に一番好まれた洋館のスタイルですが、
この寝室はロココ様式です。
    寝室 J P1030934寝室a
 寝室天井 I P1030929寝室天井a

女性が主に使用する寝室や化粧室は穏やかなロココ様式でした。
荒々しいチューダー様式では強すぎるのでしょうね。

この建物は現在解体中です。
なんとか保存したいという声が大きく移築保存が検討されていましたが、
費用の調達が難しくて、未だ移転先が決まっていません。
ある建設会社が解体費用を負担して、一時保管することまで決まっています。
早く移転先が決まって
もう一度使われるようになることを切に願っています。(kei)