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ミウラ ケイコ
(こうだ建築設計事務所)
ワタナベ ナミ
(渡辺建築設計事務所)
共に一級建築士・福祉住環境コーデイネーター二級。
埼玉で住宅をメインに居心地の良い空間造りを目指しています。

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住環境相談室 We(ウイ)
‘暮らしの環境 住まいから’をテーマに様々な方向から住まいを考えます
松の引っ越し
松の木の引っ越し

おばあちゃんの古家には道路に面し、大きな松の木があります。
大きくなりすぎてだいぶ前から道にはみ出し、
最近では枝が反対側まで届きそうです。

松1

電線にも触れそうです。
大事が起こらないうちに思いきって切り倒す事になりました。

するとそれを知り、欲しいという人が現れました。
その人の知人が家を建設中でその大きな庭に植えたいとのこと..。

それが3年前です。
しかしいつまで待ってもとりに来ません。
移植には準備や時期も大切とのこと。
しばらくすると周囲の根を切って準備をしていきました。

それが1年8ヶ月前です。

根を切られた松は支えをつけられていますが強風の度に道路の方へ傾いて行くように感じます。
おばあちゃんは毎日心配でたまりません。そのまま、また音沙汰なしです。
「もう必要ないのではないか、倒れないうちに道にはみ出した枝を切り、このまま残して
おこうと相談し、根切りの時に倒されたままになっていた生け垣も直し始めました。

すると4月中旬、突然、取りに行くと連絡が来ました..。

4月末、やっと松は引っ越しをすることになりました。
それは大変な、そして大がかりな作業でした。

松2

移動当日、朝早く行くと、前日にいろんな準備がされていました。
新たに植えた生け垣は、根に土をつけたまま移動され、
松のとなりの大きなキンモクセイの木は
根を切り、きれいに保護の布を巻かれて斜めに倒されていました。

松の形と周囲の状況からそのキンモクセイの方向に倒すしかないようです。

松3

職人さんが松の周囲の土を掘りながら根を切って行きます。
そこへクレ-ン車がやってきました。

松6

上から松を吊って支え、職人さんが松の周囲を掘り下げていきます。

松4

そして直径3m深さ1.2mほど掘ったところで
伸びた根を切りながら布を巻いていきました。

松7

しばらくすると今度はもっと大きなクレ-ン車がやってきました。
松を挟んで最初のクレ-ン車とは反対側に位置しました。

電線などをぬうように首を長く伸ばし違う方向から吊りました。上手に上から支えながら
全ての根を切り離し、裏側まで布が巻かれました。

松8

2台のクレ-ンと重機を上手に使い、松を傷めないように少しずつ松を傾かせ
少しずつ少しずつ180度回転です。

松9

そこへダンプカ-がやってきました。
小さなダンプカ-の荷台は松の根の部分がやっと乗る程度です。
「まさか..、あれでは運べないでしょう..」
まずは100m先の会社の空き地におかせてもらうのだということがわかりました。

松10

それなら・・・、と納得して見ていましたが、松の枝は思った以上に大きくて6mほどの
道幅いっぱいです。
100m行く間にずいぶん枝が落ちていました。

松11

松の大移動は珍しく、近所の人や通りがかりの人も珍しそうに見ていました。

もう夕暮れです。私達が松を見送ったのはここまででした。
長年育った庭から松はついに引っ越しして行きました。

数日後、目的の庭に無事到着したという話を聞きました。

後日、おばあちゃんの庭に行ってみると、倒されたキンモクセイや松を掘った
穴など埋められ元から松はなかったかのようになっていました。

道にはみ出していた松がなくなり、通りがかりの人が「松がなくなってすっきりしたね。」
という声も聞こえてきました。

大きな木は存在感があって良いのですが、周囲の人に迷惑をかけないように管理していくのは
大変なことです。
枝をおろすのも、切り倒すのも、移植もどれも費用がかかります。

おばあちゃんが60年以上前にお嫁に来たときにはすでにあった松です。
もらわれて行く松を見て寂しそうでしたが、もう風が吹いても心配いらないので
ほっとしている事でしょう。

庭もとても明るくなりました。

松12

どきどきしながら見た、松の引っ越しでした。
松も新しい広い庭で元気に根付いて欲しいと思います。〔ナ)







街歩き
小川町 街歩き

大型連休の最終日、小川町の街歩きに行ってきました。

小川町といえば ‘和紙’と思っていましたが、古くは武蔵絹として栄えた小川裏絹がありました。
小川町の南を流れる槻川の水質と風土が京都と非常に似ているという条件にも恵まれて、
「もみ」とよばれた紅絹の加工を成功させ、その技術を基に、さらに織機の改善や技術向上を重ねて、
自家生産による繭から生糸織物の家内工業として発展してきました。

そして今は有機農業で知られる小川町があります。
有機農業の先駆的存在で、全国から栽培方法の勉強に訪れるところでもあります。

そんな小川町は川越にも負けないほどの蔵がたくさんありました。
  RIMG0626蔵a
  RIMG0624民家a
  RIMG0662a.jpg
  RIMG0663蔵a

良い気分で蔵の街並みを見て歩いていたら突然の雷雨です。
この板塀の先にある住宅の見事なこと!
なんと、そこで雨宿りをさせて頂きました。
  RIMG0630塀a
  RIMG0634伊藤家a

その昔は絹糸を扱う問屋だったというこのお宅。
明治期に銀行家として活躍され、小川町の歴史を語る時欠かせない存在の小川家でした。
写真は遠慮しましたが、明治中期に建てられたという離れは
黒柿の床柱や精緻な書院の障子、廊下の床は欅の一枚板という豪華さでした。
そんなすばらしい住宅で濡れた体を休ませて頂けたのは幸せな時間でした。

ところで、和紙で知られる小川町ですが、
‘小川町和紙体験学習センター’というところがあります。
ハガキ大の和紙を漉くことを体験できる場所は他にもたくさんありますが、
ここは二三判(約60cmX91cm)の和紙を漉く行程を中心にして、
手漉き和紙作りの流れを体験できます。
  RIMG0668紙すきa

さらに、通常の短時間の紙漉き体験よりも、もう一歩踏み込んだ形の体験学習教室を開催しています。
どんな体験学習か、詳細は小川町和紙体験学習センターにお問い合わせ下さい。
そんなすばらしい事業を行っているセンターですが、
残念なことに建物の老朽化は進んでいます。
  RIMG0672和紙センターa

すばらしい和紙の里なのに、和紙センターがこの状態では悲しすぎます。
町が動くのが先か、ボランティアが動くのが先か、
和紙の歴史を継承して行くために、この建物も再生していきたいものです。

そして最後に、小川裏絹に貢献した槻川に掛かっていたこいのぼりです。
  RIMG0666こいのぼりa
前日までの大雨で増水した川の上を、ゆったりとに泳いでいました。(kei)