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ミウラ ケイコ
(こうだ建築設計事務所)
ワタナベ ナミ
(渡辺建築設計事務所)
共に一級建築士・福祉住環境コーデイネーター二級。
埼玉で住宅をメインに居心地の良い空間造りを目指しています。

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住環境相談室 We(ウイ)
‘暮らしの環境 住まいから’をテーマに様々な方向から住まいを考えます
古民家
小春日和の中、仕事のついでに富士見市の難波田城公園まで足を延ばしました。
東武東上線鶴瀬駅から市内循環バスで15分ほど。ここは難波田氏の城館跡で県の旧跡です。
この中にいくつかの古民家が移築、復元されています。
旧大澤家

これは旧大澤家住宅です。富士見市東大久保村にあった民家で江戸時代に大久保村の名主をつとめていた大澤家の母屋として明治4年に建築されました。

大澤家玄関
‘式台’と呼ばれる立派な玄関は、江戸時代には幕府の役人を迎えるための専用の出入り口で、普段は閉じられ、当主といえども使うことは許されなかったそうです。明治になってから新築されたこの玄関はどのように使われたのでしょうか?幕府もなくなって皆平等ということになったわけですから、今度は自分たちが堂々と使おうと造られたのか、それともまだまだ時代の変化を読み切れず、江戸時代と同じ形を選んだのか、建てた人に聞いてみたいですね。
大澤家付書院
違い棚や付書院を備えた奥座敷です。付書院の透かしや障子の桟がきれいです。
富士見市教育委員会の‘古民家復元工事報告書’には「役宅としての機能を満たす、名主階級に特有のもの」と記述されています。

旧鈴木家長屋門です。
鈴木家長屋門表

鈴木家長屋門

江戸時代に名主をつとめていた鈴木家の表門で、ずいぶん大きくて立派な長屋門です。
長屋門は江戸時代には家の格式を示すものとして武士、名主、寺院などに建築が許されていました。
鈴木家長屋門裏

母屋側から見た長屋門です。詳しい建築年代は不明ですが明治中期以降に建てられたと推定されています。門の右側には畳の部屋もあり、庭側に下屋(庇)がついて屋外の作業がやりやすくなっています。これだけ大きく立派な長屋門は少ないだろうと思われます。

小さな難波田城公園ですがこの他にも民家が移築、復元されていて公園も管理が行き届いていました。保存には難しい問題がたくさんありますが、移築、復元も一つの方法です。周辺の環境とは切り離されてしまい、雰囲気も少し違ったものになっているかもしれませんが、当時の建築技術や生活様式を知る手がかりはあります。
仕事の忙しさを忘れてしばしほっとする一時を過ごすことができました。(kei)


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